関西民放クラブ秋季懇親会 講演
2013年10月11日 ホテルモントレ大阪
宮本明彦 日本経済新聞大阪本社編集局長
「アベノミクスの行方」
3本の矢
アベノミクスとは、1990年代初頭から続くデフレ経済を克服するための財政・経済政策です。2年後までに物価を2%引き上げるというインフレターゲットを設定し、これを実現させるために極めて大胆な金融緩和措置などを講じるというものです。
安倍総理は以下の3つを基本方針とし、「3本の矢」と表現しています。すなわち、
①大胆な金融政策
②機動的な財政政策
③民間投資を喚起する成長戦略――
です。
大胆な金融政策を進めるため、まず、インフレターゲット論者の黒田東彦氏を日銀総裁に起用しました。そして銀行の持つ国債を買い上げて、日銀保有の国債残高130兆円を2年間で倍増させ、市中に大量の資金を供給しようとしています。これによって銀行の貸し出しを増やし、個人消費や、設備投資を刺激しようというわけです。2つめは柔軟な財政出動、公共投資で今年1月には10兆円の補正予算を組みました。3つめの成長戦略ですが、その成否割は規制緩和をいかに進められるかに掛かっているでしょう。
明るい兆しも
この間、企業はリストラを進め、国内の設備投資、雇用、賃上げには慎重になっています。銀行も大胆な貸し出しへ政策を転換しにくい状況が続いてきました。総理や経団連会長が呼びかけたからといって、すぐに姿勢を変えるというわけには行きにくいでしょう。さはさりながら、明るい兆しもあります。
内閣府が発表した8月の機械受注統計によりますと、受注額は前月比5.4%増で、4年10か月ぶりに8000億円を超えました。7年後の2020年のオリンピック東京開催も決まり、沸き立っています。円安のおかげで企業業績は大きく好転し、バランスシートもよくなっています。
しかし、賃金が上がっていないため、国民は必ずしも円安メリットを実感できていません。実体経済が盛り上がらず、個人消費が冷えたままであったならば、来年4月の消費税引き上げを無事に迎えられるかどうか極めて微妙になります。来年、そしてその先の消費税10%への引き上げが予定通りできるかどうかは、国内外を問わず安倍政権評価の指標となるでしょう。
成否のカギは
政治面では安倍政権が安定し、長期政権の可能性が出てきたことはアベノミクスには順風になるでしょう。麻生、野田政権のように「長くは持たないだろう」と見くびられると、役人が自民党内の有力対抗馬や、野党と組んで、抵抗勢力になって揺さぶりをかけてくる懸念がありますが、今回はその心配がありません。長期安定政権は政策の永続性を担保するものとなります。
政治は「一寸先は闇」とよく言われます。落とし穴もたくさんあります。安倍総理にとっては健康問題が最大のリスクでしょう。来客数や外遊数は前回の政権の時より倍増しています。虚弱体質とそしられぬようにがんばっていますが、オーバーワークが心配です。
55年体制時代と違って、外交が政権の命運を左右することがありうる時代になっています。北朝鮮の核問題もさることながら、中国との東シナ海における領土、領海問題はかなり深刻です。ベトナム、フィリピンの岩礁地帯を抑え、尖閣諸島を侵そうとしています。沖縄も中国領と言いかねない懸念もあります。韓国ともしっくりいっていませんが、反韓、反日は双方にとって得なことは一つもありません。東アジアのバランス・オブ・パワーを考え、日韓の融和を急ぐべきでしょう。
長期安定政権のために
最後になりましたが、申し上げたいことがあります。それは安倍総理の頭の中の8~9割は憲法改正問題が占めているということです。「自分の国は自分で守る」という至極まっとうな持論から出た憲法改正論ですが、現段階で事を急ぐと、国内外に波紋を広げ、とりわけ中韓に安倍政権揺さぶりの格好の口実を与えてしまいます。長期安定政権のためには諸外国と波風を立てるのは得策ではありません。外交問題で傷つくと、当然、経済政策にも影響が出ます。まだまだ、山あり谷ありです。とにかく慎重な政策運営を強く求めたい、という当たり前の結論で締めさせていただきます。
(TVO) 中川民雄