徒然なるままに 最高の舞台
先日、ザ・シンフォニーホールでメゾソプラノ歌手、エリーナ・ガランチャのコンサートを聴きました。チラシには「世界的ディーヴァ 待望の来日公演」とあります。“ディーヴァ”というのは「才能ある女性オペラ歌手」のことだそうです。
ピアノ伴奏はマルコム・マルティノー、こちらも現代を代表する歌曲伴奏者の一人ということで息の合った素晴らしい演奏を聴かせてくれました。
演目は、ブラームス作曲の歌曲「愛のまこと」「秘めごと」、サン・サーンスの歌劇「サムソンとデリラ」の一曲など、声楽はあまり詳しくないので、正直あまり馴染みのない曲が多かったのですが、ホールの隅々にまで響き渡る圧倒的な ヴォリューム、メゾとはいえ、ソプラノの音域まで十分に聴かせる素晴らしいステージでした。コロナの関係で「ブラヴァー」「ブラヴィー」と称賛の声がかけられないので、アンコールではスタンディングオベーションの連続でした。
公演の途中から、私は、ある事が気になり始めました。ピアニストの傍には「譜めくり」の女性がついて、ページの終わりで楽譜をめくって行きます。この日は、小柄な女性でしたが、どうやら製本された楽譜ではなく、1ページずつずらしていくタイプのようです。「こういう楽譜もあるんだ」と思い、後日日本センチュリー響のライブラリアンに聞いてみたところ、敢えて並べた状態で使用しているのは、“憶測ではありますが”と断った上で、「めくる直前の最後の1音まで見落とさないように演奏したい」「めくる時間、動作を少なくしたい」「めくる時の音がでないよう配慮している」のではないかと教えてくれました。どれをとっても「なるほど」と思わされますし、ピアニストとして、またコンサートを行う上で最大限の配慮がなされている事が感じられます。
私がもっと心を動かされたのが、この「楽譜めくり」の女性の所作、動作です。1曲歌い終わると万雷の拍手、歌手と伴奏のピアニストはスポットライトを浴びてステージ中央に、黒のパンツスーツのこの女性は、さりげなくライトのあたらない“陰”の場所に「すっ」と移動するのです。そして二人が袖に入るや否や、演奏済の楽譜を素早くまとめ、次の楽譜を用意して速足で袖に下がります。次の曲の始まりには、主役2人がライトの下で一礼、ピアニストが椅子に座るか座らないか、という絶妙のタイミングで、速足で袖から登場、自分の席にさりげなく座ります。「おぬし、ただ者じゃないな」、思わず声をかけそうになりました。
ザ・シンフォニーホールの喜多GMにメールして伺いました。譜めくりは出演者サイドで用意されたそうで、「素晴らしいプロフェッショナルは、そのあたりもしっかりと拘っておられるのだろうと思いますし、譜めくりの方も含め、最高の舞台を作るために努力をされているのだろうと思います。そうした思いが伝わるコンサートに人は魅力を感じるのだろうと思います」と納得のお返事を頂きました。出演者は勿論、譜めくりという陰の役割を持った人を含め、トータルで最高の舞台を見せてもらった、気持ちの良いコンサートでした。
関西テレビ 出野徹之