私の“想い出の”一曲 「土曜の夜はパラダイス」(EPO)

 

私の“想い出の”一曲 「土曜の夜はパラダイス」(EPO)

  役40年前、ビートたけし、明石家さんまなどで一世を風靡した「オレたちひょうきん族」という番組があったのを覚えていますか?1981年5月から1989年まで続いた番組、「楽しくなければテレビじゃない」をキャッチフレーズにフジテレビが視聴率を徐々に獲得していく時代でした。

 「ひょうきん族」は東西のお笑いタレントが一堂に会するという画期的な番組で、スタッフも出演してしまう番組のハシリであったかも知れません。タケちゃんマンとかブラックデビルとかアミダばばぁとか次々に面白キャラックターが生み出され、中々退屈しない番組でしたが、エンディングテーマに使われていたのが、私の“想い出の”一曲「土曜の夜はパラダイス」、’70年代のちょっとノスタルジックな香りを持ちながら、ジャズっぽい要素もあって、すぐにカセットテープを買いました。

 歌っているのはEPO(エポ)というシンガーソング・ライターで後に1980年代J-POP黎明期の代表的なアーティストと言われる女性です。当時の音源はEPかカセットテープ時代でしたから、巻き戻しては「土曜の夜はパラダイス」やシティポップの名曲と言われた「う・ふ・ふ・ふ」などを聴いていました。

 ところで、テレビ番組に話を戻すと、「ひょうきん族」のプロデューサーは横澤彪さん、以前「徒然なるままに」スポーツ昔噺の空手中継(1976年)でお話した事があるのですが、当時は別会社で不遇をかこっていました。雌伏5年、系列会社から本社に戻って「ひょうきん族」や「笑っていいとも」で見事に花を咲かせ、大看板プロデューサーになりました。

 実は、極真空手の中継応援でご一緒した時、関西のお笑いを“人間の本音の笑い”だと、大変面白がっておられたので、彼がやりたかった番組作りがようやく実現したのだなと思いました。当時「視聴率の取れないプロデューサーは会社で廊下の真ん中を歩けないんです」と冗談まじりに言っておられたので、今や中央を大手を振って歩いておられるのだろうと嬉しくなりました。「横澤さん、やりましたね!」と言ってあげたい心境でした。

 ただEPOが「ひょうきん族」で歌ったエンディングテーマ「土曜の夜はパラダイス」、私は番組スタート時から最後まで使われていたと思っていたのですが、インターネットで調べると、1982年10月から翌年の2月までのわずか5か月間だけだったのです。私には余程インパクトが強かったのでしょう。

 人間の記憶って結構いい加減なものだと感じていますが、良い歌手に巡り合えたとカセットテープを4本も買っていますから、当時は相当入れ込んでいたのでしょうね。時々、ふと口をついて出てくる“想い出の”一曲です。

出野徹之(KTV)

 

 

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