私の「想い出の一曲」 愛国行進曲

 

私の「想い出の一曲」  愛国行進曲

 その日も南国の日差しがギラギラと照り付けていました。タイとの国境に近い、マレーシアのコタ・バル。眠ったように静かな村を私とカメラマン、支局助手の3人が歩いていると、後ろから「ミヨトーカイノソラアッケツテー、、、、、」と昔、歌われた軍歌が聞こえてくるのです。勿論オンタイムで歌った経験はありませんが、昭和18年生まれの私にとっては、様々な機会で聞いて憶えている曲、「愛国行進曲」です。

 歌声の主は、マレーシア人の“おっちゃん”という感じの男性、年の頃なら60才くらいでしょうか。にこやかについて来ます。

 1991年12月7日、半島マレーシアのクランタン州が、コタ・バル上陸50年の慰霊祭を主催しました。イギリス、オーストラリア、日本の旧軍人に声をかけ、イギリスは参加しなかったものの、日豪の旧軍人が集まりました。コタ・バル上陸は真珠湾より50分ほど早かったと聞きました。今はもう戦争があったことなど想像もできないほど穏やかなパンタイ・ダサール・サバ海岸で旧日本軍の男性が匍匐前進で上陸の模様を再現してくれました。一夜明けると海岸に固定されたトーチカにインドの雇われ兵が鎖で繋がれていた、という話を聞いた時は胸を打たれました。

 旧日本軍の男性たちがオカンムリなので聞いてみると、慰霊のために日本から持参した横断幕を旧豪州兵が「記念に譲ってほしい」と言っている、とのこと。戦後50年たってもまだ何かわだかまっているのか、と少し可笑しかったです。

 マレーのおっちゃんに会ったのはその時、「お前たちは日本人か?」「そうだ」、「昔、日本の兵隊が教えてくれた。今でも全部歌えるよ」、日本兵はマレー人には親切で中国系には厳しかったと聞いた事があります。このおっちゃんにもそんな印象が残っているのでしょうか。コタバル上陸は50年も前の事、その後、日本の敗戦、東南アジアには平和が訪れ、世界は大きく変わりましたが、このおっちゃんは、この静かな村で、それ以来ずっと覚えていて、時にはくちずさんだりしていたのでしょうか。

「ミヨトーカイノ、、、、、、」だけが時を経ても変わらず、この村に居たのだ、と強く思いました。

出野徹之(KTV)

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