第27回定例懇話会(2016年11月4日)
「最新取材映像で見るイラクとシリアの今」
アジアプレス大阪所属 フリージャーナリスト 玉本英子
今年9月中旬にイラク北部のクルド人自治区に入った。IS国が支配してきたイラク第2の都市モスルで近く、イラク軍、クルド人部隊などによるIS掃討作戦が始まるとの情報を得ていたからだ。10月17日、戦闘が始まり、今も続いている。11月1日に帰国し、報道ステーションで5分間の短い映像が流されたので、まずそれをご覧いただきたい。
虐待される少数民族・ヤズディ教徒
IS支配地域ではどのようなことが行われていたのか・・・とくに少数民族・ヤズディ教徒の悲惨な状況をお伝えしたい。イラク北部を中心に約30万人が暮らしているといわれているヤズディ教徒は、フセイン政権下ではクルド系として迫害され、ISからは悪魔を崇拝する異教徒として狙われてきた。イスラム教は偶像崇拝を極端に嫌うが、ヤズディ教徒はコップと呼ばれる教会に亡くなった人の写真を飾って祈りをささげ、クジャクや鹿を崇拝し、崇めている。ISにいわせると、これは悪魔崇拝というわけである。
性奴隷となって虐待された女性たち
2014年8月、ISはヤズディ教徒居住地を襲撃、逃げ遅れた女性を拉致し、性奴隷として売買し、レイプした。男性はイスラム教への改宗を迫られ、拒否した男性は殺害された。拉致された人は数千人以上に達するといわれ、現在も1000人以上がIS支配地域に監禁されたままだ。この映像はISを掃討した後に入ったヤズディ教徒の村を映したものだが、家は破壊され、人影もなく、静まりかえったままだ。衣服や靴は拉致された女性が残していったもので、この家に住んでいた15人の女性はみな連れ去られた。これは避難民キャンプだが、みな着の身着のままでこの地に逃れてきた人々で、今や帰る家もない。
改宗を拒んだ男性はすべて銃殺
ISの支配地から脱出できた女性もいる。2015年1月に取材した映像をお見せしたい。14年8月、ISは彼女が住む村を襲撃し、イスラム教への改宗を拒んだ男性50人を銃殺。目撃しなかったが、彼女の夫も殺されたようだ。拉致された若い女性や子供はバスで運ばれ、モスルの体育館のような広いホールに集められた。およそ1000人はいただろうか。絶望のあまり、隣人の2人の女性は首を吊って自殺した。彼女の前に結婚を迫る数人の男が現れ、否も応もなく50歳くらいの男と結婚させられた。妊娠しているにもかかわらず、毎晩レイプされた。12,3歳くらいの女性がレイプされて、泣き叫んでいる声が今でも耳に響くという。2週間後の深夜、男たちが寝込んでいるすきに、8か月の息子を抱いて逃げた。幸い、出会ったイスラム教徒の老人がISは間違っている、と助けてくれ、モスル近くのクルド人自治区に逃れることができた。
難民としてドイツに、トラウマは消えず
次は16年4月、難民としてドイツにいる彼女を取材したものだ。拉致されたとき、お腹の中にいた子が無事に育ち、2人のシングルマザーとなっていた。次男に付けた名前はデルブリー。「傷ついた心」という意味で、つらい経験を忘れないために名付けたそうだ。ドイツ政府は1000人の性奴隷を受け入れ、生活費や住まいなどを提供して、メンタルケアなどを施している。彼女は今、ドイツ語を習得中で、早く仕事を見つけて自立し、子供にはドイツで良い教育を受けさせたい。できれば良い人に巡り合って結婚したいが、イスラム教徒とは共存できないので、イラクに戻る気持ちはないという。ある時、電車のドアが開いて、ひげ面で黒いTシャツの男(イスラム教徒かどうかは判らないが・・・)が入ってくるのを見た瞬間、叫び声を発して止めることができず、パニック状態に陥ってしまったという。ドイツにきて半年が経過したが、拉致のトラウマから解放されることはないようだし、これからも長く引きずっていかざるを得ないだろう。彼女の取材は今後も続けていきたいと思っている。
(TVO 中川民雄)