【本】『ハーブティーを飲みながら』のお勧め

 
 
   『ハーブティーを飲みながら』のお勧め

                       辻 一郎〔関西民放クラブ 理事〕
 
 毎日放送OGの上村十三子さんが本を出した。『ハーブティーを飲みながら』という楽しい本だ。
 
 ここには上村さん誕生当時の逸話にはじまり、子供のころのこと、さらに「ほんの2~3年働くつもり」で入社した毎日放送のこと、そして定年後十数年たった現在の心境にいたるまで、実にたくさんのエピソードが、伸びやかな軽い筆致で、ビビッドに楽しげに語られている。つまり彼女の一生が、コンパクトな形でぎっしりと詰まっている。
 
 なかでも心動かされたのは、彼女の定年直後に亡くなられた配偶者にかかわる記述である。
 建築家だった彼との出会い、彼の仕事、彼が弾いていた白いピアノのことなどが、情感こめて綴られ、「私の心の中は、夫亡き後、長い月日が流れても心にぽっかり穴が開いたままで、永久に埋まることはない。世間では夫を亡くした女は、元気溌刺、生き生きと余生を過ごしているといわれるが、果たしてそうだろうか。確かに夕食作りの心配はいらないが、趣味や友人との出会いに忙しくしていても、寂しさは消えるものではない。その寂しさから逃れるためにスケジュールを埋めてしまうのである」と記されている。
 これを読んで私は、「ああ、上村さんって、こんな方なんだ」と改めて感じ、それと同時に、亡くなられたご主人について、「世の中には、こんなに羨ましい男もいるのだ」との思いを深めた。
 
 つまりこの本は、ひとりの女性の人生の記録であるだけでなく、人間が人間を語る書にもなっていて、単なる個人史の域を超えた優しい眼や静かな口調が感じられ心地よい。
 
 上村さんをご存知の方はむろんのこと、ご存知のない方にとっても、読んで楽しいこと疑いなし。是非、ご一読をお勧めしたい。

 

 

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