春季総会の講演録 佐藤茂雄氏


 

佐藤茂雄氏  大阪商工会議所会頭

京阪電気鉄道取締役相談役・取締役会議長
  
  
 「バルチック艦隊発見の真実」
  
  
  
私が元気になる写真
  
 今日は「元気になる話をして欲しい」という要望を受けてやって参りました。

 世の中はアベノミクスで明るい気分になったようで、京阪百貨店でも高価なローレックスなどがよく売れていると聞いています。明るい服が好まれるようになっているようですが、実態経済が良くなっていると実感できるのはまだ先のことでしょう。私はよくベトナムへ行きます。あの国はまだ発展途上で、貧しいのですが、若者の眼は輝いていて、大変元気です。それに引き換え、日本の若者はどうでしょうか。

  私が元気になるためによく見る写真があります。これは明治37年(1904年)2月、日露戦争直前に撮った当時の海軍首脳の姿です。中央の小柄な人が東郷平八郎で、一番右が秋山真之。島村速雄、加藤友三郎、上村彦之丞も写っています。
  
  
敵艦隊はどこに?
  
 日露戦争の時(1904-05年)、バルチック艦隊の目的地はウラジオストックと判っていましたが、対馬海峡か、津軽海峡か宗谷海峡か、どの海峡で待ち受けるか判断に迷い、大いに悩みました。1904年10月15日、バルト海を出発したのですが、予定の日になっても艦隊は日本近海に現れません。日英同盟を結んでいた英国が航海を妨害したため、2ヶ月も遅れていたのです。
 司馬遼太郎の「坂の上の雲」では、参謀の秋山真之が英雄視されていますが、その彼が一番悩んでいた。迷っていた。「対馬にはこないのではないか。津軽海峡に移動しよう」と言いだしたが、島村が「いや、必ず対馬に来る」と諌めたようだ。艦隊は結局、対馬に現れ、それを信濃丸が発見する訳だが、この発見の模様は「坂の上の雲」や吉村昭の「海の史劇」で知られている。そのなかでは、信濃丸の成川艦長がロシアの病院船を発見、ならばその付近にはバルチック艦隊がいるはずと的確に判断して探索。「敵艦隊見ゆ」と打電し、日本海海戦を勝利に導いたと美談仕立てで描かれている。小説の資料となったのは、水野広徳の戦記「此一戦」だが、これはかならずしも史実に基づいてはいないのです。今日はその真相をお話ししたい。
  
  
信濃丸が敵艦発見
  
 信濃丸は日本郵船の貨客船で、当時海軍に徴用されて対馬付近で哨戒活動に従事していた。5月27日未明、見慣れぬ大きな船をみつけた。敵とは気付いていないから、双方から発光信号を送るも、全く通じない。言葉が違うから当然なのだが、それは後から判ったこと。そのうち夜が白々と明け始めて、それがロシアの病院船と判明。当直の新米将校(少尉)はバルチック艦隊のまん中にいることを知って、驚き、艦長を起こしに行ったが、なかなか起きてこない。もう一度行くと、悠然とつま楊枝を使っているではないか・・・。のんびりしてる艦長を促して、大艦隊を見てもらい、打電した後、急いでそこを脱出した、というのが真相だが、公式文書の航海日誌にはそんなことは書けない。当直将校は大尉ではなく少尉だったというのも、規則違反だから書けず、艦長の手柄話として記録された。
  
  
わが祖父が発見の功労者
  
 その新米少尉こそ、実は私の祖父、角恒吉なのです。祖父は1881年生まれ、海軍兵学校第31期生。山本五十六は1期後輩です。1903年12月、日露戦争の2ヶ月前に任官、日本海海戦当時は23歳であった。中佐で退役。日本海海戦から25年経ち、「もう真相を語ってもよかろう」と、1930年、「文芸春秋5月号」に「バルチック艦隊発見の真相」と題した手記を発表。「坂の上の雲」にはない真相がここに語られているのです。日露戦争の勝利を契機に日本は一流国の仲間入りを果たしたわけですが、その一翼を担ったのがこの写真の人々です。それぞれの生涯に思いを馳せれば、きっと元気になれると信じております。

                                      (TVO 中川民雄)

 

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