私の「想い出の一曲」 ハーバーライト(ザ・プラターズ)

私の「想い出の一曲」 ハーバーライト(ザ・プラターズ)

 新型コロナウィルスの影響で外出が減り、ふと以前読んだ本を読み返してみたりしています。数々の名作テレビドラマを世に送り出した演出家、久世光彦さんのエッセイ集「マイラストソング」もそのうちの一冊。

 “あなたは死ぬ前にたった一曲聴けるなら何を選ぶ?”というのがコンセプトですが久世さんは続編を含めて5冊も出版しています。死ぬ間際にこんなに沢山聴ける訳ないだろうとチャチャを入れたくなるのですが、それはともかく、私の好きな曲が沢山あるのです。そして彼とは時代が違うのに何で私が、この曲を知っているのだろうという発見もあります。

 第三集「月がとっても青いから」(2001年)という副題の一冊に「ハーバーライツ」という曲のエピソードがあります。
美しい人妻、茜さんとの恋が終わる時、逗子の渚ホテルでラストダンスに選んだのが「ハーバーライツ(複数形)」だったという、何ともロマンチックでお洒落で、そしてバーボンの味のようなほろ苦い、粋なエピソードです。

 私の方はそんな洒落たものではなく貧乏学生の頃の想い出ですが。
1962(S37)年、大学1年の頃、東京練馬区の石神井公園に住んでいました。西武池袋線の江古田に大学があり、田舎出の真面目な大学生はきちんと通っていました。少しずつ学校にも慣れ同じ演劇学科1年生の仲間が出来てきました。東京在住は一人だけ、岡島誠で目白の川村学園のすぐそばに住んでいました。チャキチャキの東京っ子で「お前らみたいな田舎もんは・・・」なんて平気で言う奴でした。新村訓平は北海道、永橋健吉は新潟県佐渡の出身、授業が終わると4人で石神井公園の池でボートを漕いだりして、素朴に遊んでいました。岡島は仲間内で最初に広告代理店に就職、新村は後々、地元北海道と関東圏をまたにかけて、ちょっと知られた舞台照明家になりました。

 ある日、岡島の家に遊びに行った時、当時流行っていた小型プレーヤーでLPレコードを聴かせてくれました。私は高校時代、音楽部に所属、当時は、秋に行われるNHK合唱コンクールの予選に出るというのが大きな目標で、それ以外の時間は近くの公園でロシア民謡やアメリカ民謡などを歌って楽しむという至って単純、素朴な活動をしていました。大学に入ってから特に音楽に触れる機会もなく、私の音楽歴はロシア民謡で止まっていたので、岡島が聞かせてくれた、女性1人、男性4人のグループの歌声に一瞬にして引き込まれました。「ザ・プラターズ」初めて聞いた名前、コーラス、初めて聴いた曲の数々、それまで聴いたことのない歌のジャンルでした。紅一点のゾラ・テイラー、美しいテナー、トニー・ウィリアムス、超低音のハーバート・リード。「ユールネヴァーノウ」「マイプレーヤー」「トワィライト・タイム」「煙が目に染みる」などなど、いずれも情景が浮かんでくるような美しい曲の数々、時間を忘れるようでした。そして、その中の一曲が「ハーバーライト」でした。

 昭和42年、関西テレビに就職、阪急宝塚線「曽根駅」に近い、西陽の一杯入って来る木造アパートで暮らし始めて数年が経ち、少し余裕が出来た頃、念願のレコードプレーヤーを買いました。勿論最初に買ったのは、ザ・プラターズのLPレコード、当時のお金で4千円くらいだったでしょうか。歳月を遡るような気持ちで繰り返し、美しいコーラスを聴きました。

 あれから数十年、久しぶりに久世さんの「マイラストソング・ハーバーライツ(複数)」を読んだ時、一瞬、学生時代に岡島の家で聴いた「ハーバーライト(単数)」と結びつきませんでした。私はザ・プラターズのイメージから、霧にむせぶ“都会の港”を思い描いていたのですが久世さんのエッセイによると、曲の出典はハワイアンソングなのだそうです。ハワイアンの女王・エセル中田のアルバムにも入っているというエピソードも添えられています。なるほど、心を揺さぶられるメロディーはハワイアンスピリッツだと改めて納得したのでした。

 「マイラストソング」シリーズは全部で5冊あるのですが、書店に問い合わせると殆ど、絶版か重版をしない書籍だそうです。ただ小林亜星、小泉今日子、久世夫人が語り合っている「ベストオブ・マイラストソング」だけはアマゾン、文春文庫で入手可能、興味のある方、「マイラストソング」を探してみては如何でしょう?

出野徹之(KTV)

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