私の「想い出の一曲」

Posted by on 2020年04月29日

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私の「想い出の一曲」 レハール幻想曲(フラスキータのセレナーデ)

中学の最終学年から高校にかけて、父が持っていたSPレコードをよく聴きました。8才と10才年上の兄たちが東京の学校に進学して“電蓄”のある部屋が自由に使えるようになったからです。何種類かのSPのアルバム、一枚もののレコードが多数ありました。何度も聴いていたのが「レハール幻想曲」、裏面はアメリカの(恐らく)男声合唱で「月は今宵も美しく」、軽快な曲で歌詞の一部は今でも思い出せます。「Beautiful moonlight is bright tonight・・・・・・」

わが家は昭和18年の9月に東京から岡山県児島郡赤崎村という片田舎に疎開しました。私は生後三か月、トランクの上に寝かされて、と両親から聞かされました。父の義兄が所有する鋳物工場の分工場の経営を任されたようです。

1988(昭和63)年に開通した瀬戸大橋の「児島・坂出ルート」で町の名前は知られるようになりましたが、それまでは本当に“何もない”片田舎でした。

父が持っていた沢山のSPレコードは止む無く東京を離れた一家の貴重な思い出の品だったと思われます。

両親は晩年、高松の長兄のもとに身を寄せ1995,96年に相次いで亡くなりました。父のSPレコードは長年気になっていたのですが、再生が出来る機材を手に入れて勇躍、兄に電話したところ「SPは全部香川県立図書館に寄贈した」とのこと。がっかりしたのですが、まだ諦められず、ある日高松の図書館を訪ねました。「この辺りにあるので自由に調べて下さい」。寄贈されたSPやLPが置いてある一角で3時間余り、ようやく一組を発見。グレーの硬い表紙に羽根飾りをつけたネイティブアメリカン(インディアン)の横顔が浮き彫りされたドヴォルザーク「新世界交響曲」数枚組。これも本当によく聴いたレコードでした。ただお目当ての「レハール幻想曲」はとうとう見つかりませんでした。

2002年、大阪センチュリー交響楽団に出向した私は、楽譜の専門職、ライブラリアンに曲を口ずさんで聞いてもらったのですが、「レハールは沢山曲を書いてますが“レハール幻想曲”は知りませんなぁ」とのこと。

諦めかけていたある日、とうとう見つけました。佳き時代のノスタルジーを感じさせる曲を様々な楽器で演奏する「浪曼街道」という4枚組のCDを手に入れて聴いていると、あの懐かしい「レハール幻想曲」のメロディーが出てきたのです。あれだけ探したのに、と感慨無量でしたが、曲のタイトルは「フラスキータのセレナーデ」、レハール作曲とあったので「もしかしたら」とは思ったのですが。オペレッタ「フラスキータ」で唄われる愛の曲との事でした。

高校以来、数十年ぶりで「レハール幻想曲」を聴き、昔の巨大な電蓄や、愛着をもって東京から運んだに違いない父の顔を久しぶりに思い出したのでした。

あなたの「想い出の一曲」は何ですか?

出野徹之(KYV)

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