30周年記念企画 太平記を読む会 「国指定名勝永保寺の庭園を見ませんか?」

Posted by on 2018年11月23日

 

 関西民放クラブは創立30年を記念して各同好会が、通常の活動の枠をはずした企画を工夫しました。

 太平記ゆかりの地を歴訪した「太平記を楽しむ会」は、今年4月に太平記の原典を輪読する「太平記を読む会」に発展的進化を遂げましたが、この誕生ホヤホヤの同好会も記念企画の一翼を担おうとおそまきながら、掲題の企画をして広く呼びかけました。
当初の予定の10月1日が台風24号のため中止となり、10月29日にあらためて催行しました。

 訪問先の永(えい)保寺(ほうじ)は岐阜県南部、多治見市北部の景勝地虎渓山(こけいざん)にある禅寺です。虎渓山とはタイガースファンが喜びそうな地名ですが、景観が中国広西省廬山の虎渓に似ていることから名付けられたと言われています。
この寺を開き、庭園を設計した人物が禅宗臨済宗の高僧・夢窓疎石で、太平記の登場人物たちと深くかかわりを持った人物です。
後醍醐天皇は帰依して国師の称号を授けました。そして後醍醐天皇の没後、その菩提を弔うために足利尊氏に進言して、天竜寺を開山しました。鎌倉時代、南北朝時代を動かした有力者たちの尊崇を集めた禅僧です。

 夢窓国師はまた庭園設計の名手としても名高く、手がけて今に残る名園は、西芳寺(苔寺)、天竜寺、鎌倉の瑞泉寺、そしてこの永保寺の庭園などです。永保寺の庭は国師の初期の頃の作庭で、巨岩の上から細い水流が落ち入る「臥竜池」はあくまで碧く、国宝の観音堂をゆったり映しています。池を二分してかかっている「無際橋」と名付けられた太鼓橋はゆるやかにカーヴして風情がある。この太鼓橋の上にみんな並んで記念写真を撮りました。

 寺域の樹々はぼつぼつ紅葉し始めています。ゆったりと豊かな時間が流れてゆきます。国宝建築が二つと国指定名勝庭園を持つ由緒あるこの古刹の参詣者が、我々10名のグループ以外に、あと二,三組の家族連れだけという静けさでした。寺域の中央に樹齢700年という銀杏の巨樹が豊かな緑の樹形を保っていて、“これが黄葉すればさぞかし”と想像されました。このお寺は紅葉が有名らしく、寺のホームページによると11月の参詣者が一年で一番多いとのことです。

 静謐なお寺であるのは、「寺は厳格な修行空間である」という寺の方針が反映されているようです。参拝するには、前もって団体参拝申請書を提出して許可をもらう必要があります。
許可がおりたら、次に参拝するについての注意事項があります。曰く、いささかの微醺を帯びても入山しないこと。礼儀正しく振舞うこと。引率者は責任をもって統率すること。等々厳しくルール順守が求められます。
「太平記を楽しむ会」「同読む会」は、「食事にはアルコールが付いている」方式をとっていますが、今回ばかりは、多治見駅まえの和食屋で定食をビール等抜きで粛々とすませ、お寺に向かいました。

 最初の参加予定者は16名でした。仕切り直しの10月29日は麗らかな上天気で、参加者は少し減り10名でした。広い寺域はよく手入れされていて、これだけの庭を維持するにはかなりのお金が必要だなァと、下世話な想像をしてしまいます。ある人は「国宝が二つもあるのだから国からかなりの補助があるだろう」と言い、「いや、それだけではとてもこれだけの寺域を維持管理はできまい」など、一転して俗な議論を交わしながら帰路についたことでした。

 日本の隅々いたるところに歴史や文化の証が存在するものです。多治見の虎渓山永保寺もその一つでした。

                                 武田朋子記